大教院



大教院(だいきょういん)は、日本の明治時代初年の大教宣布のための機関である。 明治5年(1872年)3月、神祇省が廃され、教部省が設けられた。 4月、三条の教則が発布され(第1条 敬神愛国の旨を体すべきこと、第2条 天理人道を明にすべき事、第3条 皇上を奉戴し朝旨を遵守せしむべき事)、神官を教導職に補し、三条の教則の布教をおこなわせ、やがて僧侶をも教導職に合同させた。 5月、仏教各宗は連合で政府に建白、許可を得て、9月、東京紀尾井坂の紀州邸を「大教院」にあてた。 明治6年2月、東京芝増上寺にこれを移し、全国に中、小教院をもうけ、祭神に造化三神天照大神を奉斉し、宣教をはじめた。 しかし、三条の教則を解くにさいして、人材の欠乏が痛感されたため、大教院と小教院に考究課を置いて、神官・僧侶を収容せしめ、皇道国学を論じ、人材の登用につとめた。 しかし、もともと性質のことなる両者の提携であるから常に互いに反撃しあい、神道側のなかでも軋轢を生じ、事態の紛糾をまねき、また外部からも教部省と大教院の方針に対する非難もあり、ついに明治8年(1875年)4月、神仏合同布教禁止の令が発せられ、5月、大教院は解散、閉鎖された。 その後も組織は残り、神道事務局として活動を行った。

参考文献


小川原正道『大教院の研究 明治初期宗教行政の展開と挫折』(慶應義塾大学出版会、2004年) ISBN 4-7664-1090-4
小川原正道「 大教院の制度と初期の活動」 : 『武蔵野短期大学研究紀要』第16輯 2002年6月25日 ISSN 0288-8025 p125~p136 Category:神道 Category:日本の仏教 Category:廃止された日本の国家機関